St.Valentine Day
「ん〜…」
頬に風が当たるのを感じゆっくり目を開ける。
窓から心地よい風が入ってくるこの部屋は、八戒が来るまでは物置として使われていた。
八戒がこの家に来てからはキチンと片付けられ客室となっていたが、今ではあたしの部屋・・・のようになっている。
いつも何の予告もなく悟浄の目の前に現れるあたしは必ず眠っている。
すぐに起こしてくれればいいのだが、あたしが現れるのは大抵深夜から早朝にかけてらしい。
客室を使っていない頃は八戒の部屋のベッドで目を覚ます事が多かったんだけど、最近自室(?)を貰ってからは悟浄がここへ運んでくれているみたいで、大抵ここで目覚める。
「そろそろ起きなきゃ・・・」
ベッドから起き上がり両手を上にあげ、大きく伸びをするとタオルを持って部屋を出た。
洗面所に入ると滅多に見られない光景を目にした。
「…悟浄…ヒゲ…」
「あーワリィ、あと少しでおわっから…」
この家の家主、悟浄が洗面所でヒゲを剃っていた。
思わず興味深々で眺めていたら鏡の中の悟浄が眉を寄せてた。
「アナ開ける気?チャン?」
「あっゴメン!なんか珍しくって…」
「ナニ?ヒゲ剃ってるトコ見たことないの?」
「うん、ない。」
視線を鏡の中の悟浄に固定したまま小さく頷く。
「あ…そ…ほいドーゾ。」
悟浄が髭剃りを脇に置き顔を洗ってから洗面所を空けてくれた。
「ありがとう。」
「八戒にチャン起きたって言っとくから早くこいよ!」
「はーい。」
蛇口を捻り水を出して顔を洗う。冷たい水が気持ちいい!
(それにしてもやっぱり男の人だなぁ・・・朝ヒゲ剃るんだ・・・。)
タオルで顔を拭きながらそんな事を考えてた時、ふとヘンな事が頭に浮かんだ。
悟浄のヒゲ・・・は想像つくんだけど、八戒のヒゲ・・・想像つかない・・・。
やはり八戒も朝ヒゲを剃っているんだろうか・・・。
「・・・ダメだ。やっぱり想像できない!」
考えても答えが出なそうなので、とっとと部屋に戻ると簡単に化粧水などで肌を整え着替えると二人がいるであろう居間へ向かった。
「おはようございます、。」
「おはよう八戒!今日もいい天気だね。」
八戒はいつもタイミングよくあたしにコーヒーをくれる。
「が来るときっと太陽も嬉しいんでしょうね。」
そして凄いタイミングですっごく照れる事を言う…それでも寒いなんて事は無く、照れて視線を外してしまうのはやっぱり八戒だからかな?
「チャン今日の御予定は?」
悟浄はパンを口に運びながらあたしに声をかけてきた。
「うーん特に…あっ!今日って14日?」
「えぇそうですけど…何かありました?」
「えっと何かってワケでもないんだけど…八戒!今日お買い物行く?」
手にしていたコーヒーをいったん机に置いて八戒の返答を待つ。
「行きますよ。一緒に行きますか?」
「行く!」
どうしても今日作りたい物が…渡したい物がある!
「オレも行こっかな…」
「え?ダメ!」
思わず即答してしまい悟浄が目を大きく見開き、がっくりと肩を落とした。
「ソッコ−で却下されて…悟浄ショック〜」
「うぁぁ〜そうじゃなくって!えっとぉ…」
「いいじゃないですか。いつも悟浄と一緒なんですから、たまには離れして下さい。」
心なしか八戒の声が楽しげな気がする…。
「…オメーも同じだろ…」
「何か言いましたか?」
気のせいだったカナ?今は冷たいぞ…。
食事が終わって一息ついてからあたしと八戒は買い物に出掛けることにした。
拗ねてしまった悟浄は遊びに行ってくると言って何処かに行ってしまった。
あたしがいるうちに帰って来てくれるかな?
それでも八戒とお買い物へ出かける事が嬉しくってニヤニヤしながら八戒の後に続いた。
「さん楽しそうですね。」
「あ、八戒!また!」
八戒が苦笑しながらあたしを見て目を細めた。
ちょっとした仕草が色っぽく見える。男の人のはずなのに…これが男の色気ってやつ?
「すみません…今までさん、と『さん』付けだったものですから…以後気をつけますね、。」
「うん!」
今まで八戒はずっと「さん」と呼んでいた。
そう呼ばれるのが嫌な訳ではないんだけど、何となく八戒には名前で呼んで貰いたかった。
だからこっちにあたしの部屋を貰った時、八戒と約束したのだ。
あたしの事は「」と呼んでくれ…と。
初めは年上という事もあり納得できなかった様だが最終的にあたしが呼んで欲しいという事で了承してくれた。
「ところで。今日は何か欲しい物があるんですか?」
「うん!どうしても買いたい物があるの♪」
店に入りカゴを手に飛び跳ねながら店内を見て歩く。
そして大切な事を思い出した。
(チョコレートケーキ焼きたかったのに…分量も材料もわかんない!)
店内に並ぶ異国の文字。
来るたび八戒と悟浄(極たま〜に三蔵)に文字を教えてもらって何となく商品は判別できるようになったが、肝心の材料がわからない。
ショックで立ち尽くすあたしの背後から八戒の心配そうな声が掛かる。
「僕もお手伝いしましょうか?」
「大丈夫!すぐ行くから待ってて!」
何とか八戒を製菓売り場から遠ざけるのに成功したが、問題は何も解決していない。
とりあえずチョコレートケーキと言う無謀な挑戦は止めて、別の物に頭を切り替えるとそれを作るのに必要な材料を次々カゴに入れてレジで待っていた八戒の元へと戻った。
家に戻るとすぐに部屋に戻り買ってきた商品をベッドの上に並べてみた。
ベッドの上に置いてあるのはいわゆる製菓用の単なる板チョコ。
今日はあたしのいる世界で言うバレンタインデー…お世話になっている人や好きな人にチョコレートを渡す日。
せっかくなので八戒達にチョコレートを…と思ったのだが…。
「材料も不明確なら作り方も分量も何にもわかんないじゃん!!」
思わず床に両手をついて頭を垂れる。
記憶力なんて脳みそが雀の涙ほどのあたしには無いに等しくって、分量を思い出す事は出来ない。
と言うより、記憶するほどケーキを作った事がない。
八戒に教えてもらえばすぐ出来るだろうがそれでは意味が無い。
「…どうしよう。」
チョコレートを前に暫く唸っていたが、それでは何の解決にもならないのでとりあえず全部まとめて紙袋へ入れるとこっそり台所へ向かった。
八戒は買い忘れたものがあると言ってジープと一緒にもう一度買い物に行った。
悟浄はあたしが買い物から戻った時もいなかったから…もうしばらくは帰らないだろう。
台所の使い方は八戒のお手伝いをした時に教えてもらったので問題は無い(多分)。
あたしは家主がいない台所でしばらくの間チョコレート相手に格闘する事となった。
何とかチョコレートを作り上げ(と言っても溶かして型に流しただけ…)台所を片付け終わった所で八戒と悟浄が一緒に帰って来た。
「ただいま戻りました。」
「チャンただいまv」
「お、お帰りなさい。」
慌てて台所を背に二人を出迎える。
出来たばかりのチョコレートは台所のテーブルの上に置いてある。
今台所に入られたら、こっそり作った意味がない!
「「…」」
台所を背に動かないあたしを不思議そうな目で二人が見ている。
…ばれた!?
悟浄と八戒が一瞬視線を合わせると、何事も無かったかのように席についた。
「今お隣さんからおこわを頂いたんですよ。折角だから夜ご飯はおこわにしましょう。」
「お、いーねー勿論ビールも付くんだろ?」
「一本でしたらどうぞ。」
「…セコッ」
そんな二人の様子を見て笑いながらも、あたしは二人の様子が気になってしょうがない。
多分この後二人はお茶を飲むだろう。
いつもお茶は八戒が入れてるから、ぜっったいに八戒が台所に入ってしまう。
気づかれたら気づかれたで別にいいんだけど・・・できれば内緒にしたい。
複雑な表情で台所の前に立ち尽くしていたあたしの肩を悟浄が叩いた。
「きゃぁっ!」
「なぁ、チャンの入れたお茶飲みてーな♪入れてくんない?」
「え?」
「僕も飲みたいですね。お願いしてもいいですか?」
八戒も隣から貰ってきたおこわをお皿に移しながら笑顔でこちらを見た。
「う、うんいいよ!ちょっと待ってて・・・あ!!」
「どうしました?」
「すぐに入れてくるから、絶対台所に入らないでね?」
あたしは踵を返して台所に飛びこむと、大急ぎお茶を入れ二人の元へと戻ってきた。
その後も何とか二人を台所へ近づけないよう細心の注意を払い、チョコレートが固まった頃二人は居間から移動した。
その隙に材料と一緒に買ってきた袋へチョコレートを分けて、綺麗にラッピングを済ませるとそのうちの一つを持って部屋のドアをノックした。
「悟浄…入ってもいい?」
扉を叩くと中から煙草を咥えた悟浄が出てきた。
「おっ何か用?チャン?」
「うん、ちょっと入ってもいい?」
「ちょい待ち!」
バタンと勢い良く扉が閉まり、その扉の向こうからものすごい物音がする。
いったい悟浄の部屋の中はどうなっているんだろうという不安感に襲われた。
「ほい、ドーゾ。」
「あ、ありがとう…」
ちょっと息が上がったような悟浄に扉を押さえてもらって中に入った。
物凄い音の原因は、恐らく部屋の隅にある山・・・その中を隠すように何故か布団がかけられている。
ただ散らかっているよりも布団がかかっている方がすっごく気になる。
あの中、何があるんだろう?
「あんまり細かいトコ見んじゃないの、折角隠したんだから。」
「うあっ、ごっごめん・・・」
「まぁ座んなよ」
椅子を勧められてそこに腰掛ける。
悟浄が咥えていた煙草を灰皿に押し付けベッドに座った。
その一連の動作に思わず目を奪われる。
やっぱりカッコイイなぁ…。
あたしの視線に気付いたのか悟浄がにやりと笑った。
「惚れちゃった?」
「えっ!?」
ぼんっと音がするほど頬を赤く染めたあたしを見て悟浄は何時もの様に笑い出す。
笑われた事に少し脹れながらも当初の目的を果たすべく、後ろ手に隠していた袋を悟浄の目の前に差し出した。
「…ナニ?」
「あたしの居た所では今日バレンタインデーって言ってお世話になった人にチョコレートを渡す日なの。だから…その…」
手持ち無沙汰になった手を持て余しながらゆっくりと視線を悟浄に向けた。
「…悟浄?」
何も言わない悟浄に不安になり顔を覗きこむと何だか複雑な表情をしていた。
あたしは何かまずい事をしてしまっただろうか…。
「悟浄?」
「えっと…アリガトな・・・」
何時もの様にぽんぽんと頭を撫でられる。
でも視線は合わせてくれなくて…。
「チャンと食うから。」
そう言うと半ば押し出されるかのように部屋を追い出された。
隙間から見えた悟浄の耳が少し赤かった様な気がしたのは目の錯覚だったのだろうか。
それでも渡せた事に満足し、一旦部屋に戻ると机に置いていた袋を手に持ってもう一人の人物の元へ向かった。
もう一人の人物はこの時間いつも居間で本を読んでいる。
廊下から居間を眺めるとジープと一緒にソファーに座っていた。
「八戒。今、平気?」
「大丈夫ですよ。どうしました?」
そう言うと本を閉じて隣の席を勧めてくれた。
あたしは後ろ手にチョコを隠したまま隣に座ると、八戒がじっとあたしの方を見ていた。
改めて八戒に見つめられるとなんだか照れて渡し難い。
口を酸欠の金魚の様にパクパクしていると不意に後ろ手に持っていた袋の感触が無くなり、慌てて振り返るとジープが袋を口に咥えて八戒の元へ向かっていた。
「ジ…ジープ!?」
「ジープ、ダメですよ。に返してください。」
慌てるあたしの様子を見て八戒は手を伸ばすと、口に咥えた袋を返すようジープに言った。
ジープはきゅ〜っと少し残念そうな泣き声と共に口を小さく開けると、咥えていた袋を八戒の手に渡した。
受け取った袋はそのまま、真っ赤な顔をしているあたしの目の前に戻ってきた。
「ジープがイタズラしちゃってすみません・・・はい、どうぞ。」
「あの…それ八戒に…」
「え?」
「あのね、あたしの居た所で今日バレンタインデーって言ってお世話になった人にチョコを渡す日なの…それで…あの…」
もじもじしながら八戒の方を見ると今まで見たことが無いような笑顔があった。
「・・・頂いていいんですか?」
「本当はケーキを焼きたかったんだけど、分量とかわかんなくってチョコ固めただけになっちゃって…ごめんなさい。」
「の気持ちが嬉しいんです。大切に食べさせてもらいますよ。本当にありがとうございます。」
八戒のその言葉で満足だった。
自分でもおかしなくらい緩んだ頬を押さえながら自分の部屋に戻った。
その後、二人にホワイトデーのお返しを貰う夢を見ながらいつもの様に向こうの世界へ帰って行った。
オ マ ケ 〜が帰った後・・・〜
「八戒も貰ったのかよ!!」
「らしいですね…他にも預かってますよ。」
悟浄の手には赤いリボンの掛かった袋。
八戒の手には緑の…そして机の上には二人に比べるとやや小さめな袋でそれぞれに紫と黄色のリボンが結ばれたものがあったとか…。
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バレンタインデーv
2月のイベントといえばやはりこれでしょう!
とは言え、これ書いたの実はちょうど去年のこの時期なんですよね(苦笑)
本当は新しく書き直したかったんですが、ちょっと時間がなかったので・・・少しだけ手直ししたんですが、何か文章がオカシイ(涙)
悟浄の態度が微妙(笑)
喜んでますよv部屋を追い出したのは照れ隠しですよvご心配なく。
えー三蔵達とはあまり親しくなってないので悟浄達よりもチョコレートが小さいのです。
来年は全員に手渡しできるかな?(書くのか!?)